去る10月6日、日本料理「風花」にて三重県木屋正酒造「而今」の大西唯克氏をお招きし、メーカーズディナーを開催いたしました。「而今」は毎年、その年のお米と気候に真摯に向き合い、過剰な香りや甘さに頼らず、透明感のある心地よい酸、そしてほんのりとスパイス感を帯びた余韻で食と響き合うモダンな酒を醸す酒蔵として高く評価されています。ご参加いただいた皆様には、大西さんが語る“いまこの瞬間(而今)”と、日本料理・風花のこの日のために用意した一夜限りの特別コースを余すことなくお楽しみいただきました。

乾杯には、而今純米吟醸愛山火入れを。グラスから立ち上がるのは、白桃や柔らかな白い花のニュアンス。飲み口はフレッシュであり、余韻にほんのりと甘みを感じます。「愛山は溶けやすく甘だれしやすい。だからあえて生酒にせず火入れで味わいを引き締めます。甘さだけに頼らないお酒にしたいのです」と大西さん。この日本酒に合わせたのは、柿と茸の白和え。柿の自然な甘みと白和えのコクが、愛山の甘みと重なり、日本酒がドライに感じるペアリングです。生ハムの塩味と銀杏のほろ苦さも、日本酒の甘みとの調和をとっています。


次に提供したのは、而今の定番、特別純米を「ネギトロかけ御飯/天婦羅いぶりがっこ/茎山葵しょうゆ」のお凌ぎと。定番ゆえに造りの核が見える一本だと思います。旨みが強いのでネギトロの脂に旨みがスッと入り、もう一口食べたいなという欲にかられます。アクセントのいぶりがっこの燻香が、余韻のわずかな苦みと調和します。「苦み・渋みは食中の推進力。甘さに寄りかからず、酸と余韻の“切れ”で料理と合わせられる日本酒を作りたい」と大西さんは語ります。
次は風花の定番のお醤油で提供しないお造り3種に、而今生酛有機山田錦火入れを。この有機山田錦は、訪問させていただいた時にテイスティングし、私も他の訪問者も思わず『おー!!!』と声が出た銘柄で、今回のイベントでどうしても入れて欲しいとリクエストした日本酒を「鰹藁タタキ 玉ねぎ・茗荷ダレ/白身入り酒ジュレ/烏賊 塩・酢橘」と合わせてお楽しみいただきました。この日本酒の特徴は、生酛×木桶×有機栽培がもたらすピュアさと複雑性という相反する魅力です。縦に伸びるような酸が、玉ねぎ・茗荷の香味野菜のアロマに寄り添い、烏賊のねっとりした甘さを引き立てます。白身の入り酒ジュレには少しだけ而今を使用しており(ぜいたくですよね)、旨味の相乗を舌で実感できるペアリングとなりました。
次の高砂(木屋正酒造200周年に際して復活させたブランド)には、「秋刀魚ワタ焼き/蓮根甘酢/栗甘露煮/長芋雲丹焼き」を合わせました。この高砂は全国で5つの蔵が造っているそうですが、同じ蔵でも、大西さんは香りや甘さに寄らない辛口の設計にしているとのこと。このドライな味わいが、秋刀魚の香ばしさやワタの苦味を包み込むようなペアリングです。「高砂はお料理と並走する辛口。でも而今と造りも水も同じだから、余韻に共通する塩味はつながっていきます」(大西さん)。


次に提供したのが、かつての而今のフラッグシップ、而今純米吟醸名張。ここには「甘鯛のかぶら蒸し/里芋・春菊・菊花/柚子香る銀あん・山葵」を合わせました。木屋正酒造が居を構える三重県名張の契約農家さんの山田錦を使用しています。和梨や白桃、固めのメロンを思わせる甘やかで繊細な香り。エントリーは和柑橘のフレーバーを伴った酸があり、中盤にふくらみが出てきて、かぶらの柔らかい甘さや里芋のねっとり感ときれいに同調しました。
最後に提供したのが“而今特等雄町“ボトルもエチケットも本当に美しいです。ずっと見ていられるくらいにうっとりとしてしまう日本酒に合わせて、大西さんから事前の打ち合わせで「而今と合う」とリクエストをいただいておりました伊賀牛を。「伊賀牛炭火焼き/梨ダレ・松の実ダレ/丸十・蓮根・茄子・万願寺」梨の種の周りの心地よい苦み・うまみを伴った味わいを持つこの日本酒自体が梨のソースのようなイメージで伊賀牛と合わせられます。松の実のコクが日本酒自体の花の蜜のような上品な甘さと寄り添い、炭火香の伊賀牛をふんわり包む、まさに甘・旨・酸・苦が見事に整った立体感のあるペアリングになりました。「特等雄町は本当に希少。甘さに流されず、余韻に“芯”を残すことが大切」と大西さんは語ります。
而今は「今この瞬間を尽くす」という禅語です。日本酒造りは、お米のクオリティも天候も毎年異なります。過去の成功や未来の不安ではなく、今年の最良に集中したいという大西さんのメッセージをしっかりと受け取ることができる貴重なメーカーズディナーとなりました。
エグゼクティヴ ソムリエ 森本 美雪
17 Nov, 2025